地域猫の作り方

野良猫と地域猫の研究

捨て猫について考える1 昔の捨て猫事情

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夏目漱石の「吾輩は猫である」の冒頭は捨て猫の描写で始まっている。
子猫だったワガハイは、書生によって兄弟から引き離され笹原の中へ棄てられる。

>ようやくの思いで笹原を這い出すと向うに大きな池がある。
>吾輩は池の前に坐つてどうしたらよからうと考へて見た。

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>ニヤー、ニヤーと試みにやつて見たが誰も來ない。
>腹が非常に減つて來た。

>竹垣の崩(くず)れた穴から、とある邸内にもぐり込んだ。
>そのうちに暗くなる、腹は減る、寒さは寒し、雨が降って来るといふ始末で・・・

猫の不妊手術などない明治時代の話だから、過剰な猫の繁殖に対して捨て猫は当たり前だったと想像する。
捨て子猫の場面は現代とそう変わらない。
多くは病死するかカラスのエサになるかだ。運が良ければ誰かにエサをもらえるが、確率は低い。

>書生というのは時々我々を捕(つかま)えて煮(に)て食うという話である。

100年たったニッポンは先進国と言われている。
もうそういうことは止めようじゃないか。ほとんどの良識的な日本人はそう思う。
だから、猫の遺棄と虐待は犯罪とする法律ができた。

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テーマ:野良猫と地域猫 - ジャンル:ペット

  1. 2010/06/12(土) 13:08:37|
  2. 野良猫
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コメント

我輩は猫である

クマッチを納骨する時。
読経のあと、この坊さん、説話に“我輩は猫である”を引用した。
ラスト、我輩は酔っ払って溺死する。
クマッチの末期は意識が喪失しているのに四肢を動かしまるで一生懸命泳いでいるようだった。
なんとかその死から立ち上がろうとしての納骨だったけれどかえって後悔と無念さと哀しみに再度取り付かれ、頭痛の症状が悪化、不眠症に逆戻りしてしまった。
今も我輩は猫であるを読むことは出来ない。
今度ギズモの納骨の際には、坊さん抜きでお願いする事にした。
  1. 2010/06/13(日) 16:34:33 |
  2. URL |
  3. mog #bbNRTrkA
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60歳代の知人は、仔猫が産まれると捨てに行く係りだったとか。

捨てるのはイヤだけど、捨てなきゃお家に帰れない・・。
大きくなって自分でお金を稼ぐようになったら、仔猫が生まれないように不妊手術をしようと心に誓ったそう。

どこの愛護団体にも所属していませんが実行しています。

半年ごとに複数の仔猫を捨てるより、一生に一度の不妊手術。

大きな前進・成果ですよね。
  1. 2010/06/13(日) 09:19:45 |
  2. URL |
  3. ワタシ #-
  4. [ 編集]

ちょうどiPadで読んでるところです。「吾輩は猫である」(笑)
紙で3回
約20年ぶりの再読は電子書籍となりました。

猫を飼うようになって、またたまに保護するようになってから
読むと出だしの部分にハッとしました。
  1. 2010/06/12(土) 15:37:01 |
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  3. 英斗 #-
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